中学からの目標を失い、中退・挫折して、空っぽになりながらも、 現在では、書くことの専門家になった私が、 「やりたいことができる・望むように生きていくことができる」ための重要な要素をお伝えします。 もし、あなたがこんな悩みをもっているのならば、
大きなチャンスです。上であげたような、自分の状態に気づくことのできているならば、あなたは、もうすでに優れているといえます。自分の状態を見逃してしまって日々流されている人たちよりも1歩も2歩も前に出ているのです。 そんなあなたなら、より自由に力強くなることができます。 もっと、充実と自信を手にいれることができるのです。 つまり、あなたはこんなふうに変わることができます。
このような成長をとげることができるのです!
●書くことを学ばないというマイナス 書くことで、やりたいことや目的がみつかると、よく言われます。 書くことで、その目的の実現・達成へのプランニングをすることができると、よく言われます。本当でしょうか? 本当です。 書くことは、やりたいことの発見・実現に大きな力となります。 逆に考えてみましょう。「やりたいことの発見・実現」を書くことをせずにできる人がそれほどいるのでしょうか?書くことは、やりたいことの発見・実現への大きな力となります。 では、その「書く力」を思うように使いこなすことは、誰にでも可能なことでしょうか? 誰にでも可能なことです。 それでは、その「書く力」を思うように使いこなすことは、今すぐ誰にでも可能なことでしょうか? そうではないでしょう。なぜなら、 何を書いて良いのかわからないからです。 書けと言われてもすぐにペンが止まってしまうからです。 さらには、書けと言われても何も思い浮かばないから、ペンをとろうともしない人も大勢いるからです。 それにも関わらず、「書く力の根本」を無視したノウハウが教えられ続けています。 水泳に例えるなら、泳げない人に、よりうまく・よりはやく泳げる方法を教えているだけ。それが現状です。 水が怖い人や、浮かぶことがやっとの人、 5メートルくらいしか泳げなくて、自信をもてない人を 「泳げる人」に変えていく方法は教えられていない。例えるなら、そんな状況なのです。 このままでは、どうなるでしょうか。 「泳げる人」は技術やノウハウを獲得してより早く、より効率的に泳ぐことができます。泳げない人は、変わらず泳げないまま。 つまり、差が広がっていくだけです。 書くことも同じです。 「根本的な書く力」を身につけている人は、さまざまな技術やノウハウを獲得してより早く、より効率的に目標達成や自己実現をすることができます。そうでない人は技術やノウハウを獲得しても結びつけることができないから、何の具体的な効果もありません。 つまり、「根本的な書く力」を身につけないと 差は縮まるどころか広がる一方なのです。もしも今、あなたが「根本的な書く力」を身につけていないのなら、今のうちに身につけておくことをおすすめします。 書く力が今のままなら、頭の中が不自由なままです。 やりたいことを探すことも、プランニングすることも、そして自分の考えや気持ちを伝えることも上手くできないから、 格差社会においては極めて不利になる。 それだけでなく、日々の目標設定ができないから充実できない。 日々の不充実やむなしさ、不安感をずっと抱えて生きるということにもなりかねません。 申し遅れました。 私ヴォイス フリーライティング研究所代表の新垣と申します。 日本にはまだ少ない書くことの教育の専門家です。
より自由に力強く生きるための「書く力」を与える仕事をしています。 アメリカの理論を学び自身の指導体験と結び付けて、 日本語で書くことの力を最大限にひきだす指導をしております。 この理論の専門家は、日本で私しかいません。 ●そんなこと言われても、書くことって難しい…… 書くことって、まず内容がないんですよね? 何を書いたら良いのかわからない。 なぜ、私がその不満をわかるのか? 現在は書くこと教育の専門家として大学で教え、論文を発表し、またこのようなカタイ文章だけでなく、本の執筆や編集という「届ける文章」を実際に書くという仕事もしている私も、あなたと同じような悩みを抱えていたのです。 以下の私の話にしばらくおつきあいください。 ●書けなかった私 私は、大学時代に考える力をつけたいと考え、書いて考えることを始めました。 しかし、書く習慣をつけるだけでも一苦労でした。何を書いてよいのかわからなかったからです。テレビをみながら、あるいは寝る前にでも、いろんな場所にノートをおいて、書く環境をつくるところから始めました。 結果として 大学時代、20冊以上のノートを埋めることができました。 習慣化に成功したと思いました。 しかし、引越しの際、そのノートたちを読み返してみて驚きました。 ほとんど同じことばかり書いていたのです。 まとめると一冊のノートに収まる程度の内容でした。 同じことばかり繰り返し書いていたのです。 いかに内容がないか。 書いたものを、自ら定期的に読みかえすこと、それを通して深めていくこと。 そんなことを学んだことがなかったのです。 日本の教育では書くことは判断されるために使われます。 成績をつけたり、赤でなおされたり、指導のための材料にされたり、 書くことが書き手自身のためになることは意図されていないのです。 多くの場合、残念なことに教師のために書くという結果に終わってしまっています。 読み返し、書き直して「自分」を深めていくというために、書くことは使われていません。 だから、私が書く習慣をつけても、ほとんど力がつかなかったのも当然なのです。 問題は、個人の力をつけたり、人生にいかしていくための 「道具としての」書くことが教えられていないということです。 書くことを自分のために使っていくことが教えられていないのです。 なんともったいないことでしょう。 それどころか、結局は採点されたり・直されたりすることで、 押さえつける、萎縮させる、型にはめていくということに書くことが使われてしまうという結果も少なくありません。 その現状を少しでも改善するために私は書く教育の専門家になったといえます。 書くことが、力を与えるものであることを教えること。 そして、それを可能にするための考え方や方法を教えること。 この2つをつうじて、個々を生き生きさせ、ひいては社会を1ミリでも良いものにすることが私の仕事なのです。 ここで、もう少し、私の経歴について書かせてください。 ●なぜ書くことにこだわりがあるのか〜カベにぶち当たる〜 私は中学生の時から、法学部にすすむことを決めていました。理由はそれまでに出会ったカッコイイ大人のすべてが、法学部出身だったからです。制度について知っていることは、カッコイイことだ(知らないことはカッコ悪いことだ)と自信をもって考えていました。 そして、個人がハッピーになるためには制度への意識が重要だと考えていました。そのために法律の専門家になって現実を1ミリでも変えたいと考えていたのです。 大学はもちろん法学部にすすみました。さらには大学院にまで、進学しました。 どうすれば制度がより良いものになる可能性があるのかを考えたかったからです。 しかし、大学院では、強烈に失望しました。現実を1ミリでも変えたい人の集まりではなく、大学の先生になりたい人の集まりのように感じられたからです(そう感じただけで、実際のところはわかりませんが)。 伝えたいことがあるようにも、改善したいことがあるようにも思えない人たちばかりでした。場所も進学のための機関でした。問題意識も熱意もかみ合いませんでした。単なる進学の準備期間としての場所にいることは、耐えられませんでした。 体の具合が悪くなりました。 顔が痛みます。 気分が落ち込み、起きられない日も続きました。 あまりの顔に痛さに、ある日病院にいきました。 どうにかして、この体の不調を改善したいと考えていたからです ところが、結果は、 原因がわからず、このままでは、アルコール依存症になる!と言われてしまいまいました。 「もうダメだ」そう思いました。 法律の専門家になるという、私の夢が壊れた瞬間です。大学院に残っても、やりたいことは学べないと強く思いました。それどころか、自分が壊れてしまう。 多くの人に反対されましたが、大学院をやめることにしました。 ●あきらめずに方法を探す より大変な生活が始まりました。 修行生活の始まりです。 法律をやめたからといって、自分の目標を捨てたわけではありません。法律の世界にいたままでは達成できないことを、他の方法で達成しようと考えたのです。 就職活動をするわけでもなく、安定した道へすすむのでもなく、 現在の制度の問題をふまえつつ、個人に力を与えるには?という途方もない道への模索を始めたのです。 これができなければ、自分には存在価値がない。そう考えて、新しい方向を探りました。 当時は、2年で方向性が見えるだろうと考えていました。 2年で方向性をみつけたら、どこかで安定した職をみつけ、そこにいながら新しい仕事に取り組み続けようと、甘いことを考えて最初はスタートしたのです(今思うと本当に甘かった)。 反面、自分がやらないと誰もやらないことだろうから、2年間はわき目もふらず、全力で新しい方向を模索しようと決めました。故郷に帰ったにもかかわらず、新しい友人もつくらず、古い友人との付き合いも切っていって、ある意味引きこもりのような暮らしを始めました。 まず必要なのは、表現する力だ。 世の中良くしたい!と言いながらも伝える力をもたないのなら、愚痴をいっているだけだと思いました。何かを変えたいのなら、まず、自分が変わらなくてはいけない。 伝わる言葉を、身につけないといけない。 小説家やコピーライターなど、届く言葉を武器にしている人の本を読み、トレーニングを始めました。書く力をつけるトレーニングです。何もわからないまま自己流で、小説家やコピーライターを参考にしながら、トレーニングを続けました。 そして、修行時代をすごすため、塾で教え始めました。 「分かりやすい文章の力をつけるには、中学生に読んでもらって、わかる文章を書けるようにすることだ」と、どの書くことの本を読んでも書いてあります(しかし、私はそれを実践した人を見たことも聞いたこともありません)。 私は実際に塾で教え始めました。自分の言葉を試し始めたのです。 どういう言葉を使えば、叱ったり、むりやり静かにさせることなしに伝えたいことが伝わるのか? それをさぐりました。 一方で、何を学生たちに与えていけば、将来やっていける力になりうるのか、そして本当に変わりうるのかということを探り続けました。押し付けることなく、偉そうにすることもなく、息をひそめて、個々の力を解放させる方向をさぐりました。 また、広告の手伝いなどをして書く力は伸ばし続けました。小説や詩が書けるようにトレーニングもしました。さらに音楽をやっていた私は声を鍛えてもいました。それで、声と言葉がわかるなら演劇もできるだろうと考え、演劇にも手をだしました(ドラマ出演の話も頂いたほどです)。さらに朗読、リトミック、組踊りなどの表現に関わり、最大限自分を届ける方向を模索しました。 そして、かたっぱしから、映画や音楽や本にふれました。伝える力をつけるため、名作を体に叩き込みたかったのです。 ●ぶち当たった疑問 そんな生活の中で疑問が生まれました。 「これだけスゴイ作品が世界中にあるにもかかわらず、 世の中が1ミリも良くなっていない(ように思える)のはなぜだ?」 いう疑問です。 震えるほどの名作はたくさんある。 生きることや社会の問題を深く考える作品も多い。 しかし、現実は変わっていない。 小説や映画にふれて感動しても冷めてしまう。変わりたい!と思った人も実際は変わらない。時間が経つと、もとどおり。 伝える力を持つだけではだめだ。 自分が表現者になってもそれだけでは、ダメだ。 やはり、全く新しいものが必要なのではないか。そう考え始めたのです。 ●先が見えない不安 私自身の生活は窮地に追い込まれていました。知識も増え、表現についても深めているにもかかわらず、2年をすぎても新しい方向性は見えてこなかったからです。 あきらめるか……もう、普通に就職しようか…… 大見得切って、大学院を中退したのに何もみつけられない自分への恥かしさと将来の不安で、部屋にうずくまる日も何度もありました。 意識的にパイオニアの人生を調べ始めました。 新しい道を切り開いた人は、何を考えどう生きたのか。この時期の学びが私のメソッドの完成に大きな影響を与えています。 そのうちにわかってきたことは、力強く生きている個人は、みんな言葉の力をもっているということでした。 自分が何をしたいのかを明確にとらえ、それをどうすれば現実にできるのかを言葉にすることができる。そして、周りの人に共感・協力してもらえるように、伝える力がある。 ●書くことの力を理解し始める 私は自分の持っている書く力を、やりたいことの発見とその実現へのプランニングに使い始めました。 そこでわかったのです。 書く力と、人生を切り開く力がいかに結びついているのかということ。 そして、 自分は、その書く力の根本を鍛えるにはどうすれば良いのかを知っているということ。 ここから始まりました。 書く力をつけることで、一人ひとりが自分の感情や思考を発見し深めていく方法をつくりあげようと考えたのです。 書く力がつけば、思考力・行動力・表現力がつくから、 その人が変わらないわけがない。 書くことが習慣化するほどの方法を与えることができれば、 作品に受け身でふれて感動して終わりというだけのものより、はるかに多くのものを、その人に与えることができる。 これだ!と思いました。 そして書く力をつけるために自分がこれまでやってきたことを理論化しまとめあげました。 新しく、かつ効果的だという自負がありました。しかし、一つ、問題がありました。いかに自分のやり方が効果的とはいっても、無名の個人が提唱する方法にどれだけの影響力があるんだ?ということです。 ●再び学び始める そのとき、アメリカに私が考えているものとほぼ同じ方法・理論があることを知りました。アメリカでそれは絶大な効果をあげており、日本に専門家はいないことも、わかりました。翻訳されているものもないのです。 「よし、じゃあ自分が輸入してやろう!」 30歳という年齢で大学院に入りなおしました。正直、この歳で情けないとも思いました。また大学院という世界に戻ることへの不安や、やりきれなさもありました。 しかし、最短で最高のものを仕上げるためには、自分より能力や経験ですぐれている人たちの力を借りるべきだと感じました。専門は国語教育です。勉強したことがない分野でしたが、どうにか入学できました。 入ったは良いものの、参考文献は、毎日ネットで検索して全部自力で手に入れました(自分が輸入するのだから当然のことですが)。理論の提唱者本人ともメールでやりとりして、必要なものをそろえることができました。お金と時間をかけて研究完成にエネルギーを注ぎこみました。 そこでわかったことは、この理論の提唱者も法律的な考えから出発して、私と同じようなことを考え意図してやっているということでした。社会について考え、個人に力を与えるものとして、書く力をとらえていたのです。 そのため、英語嫌いの私でも彼の文献は楽に読むことができました。言いたいことが、本当によくわかったのです。英語の文献を読み込みアメリカの教育に影響をあたえたほどの理論を学びました。その傍ら実践も重ねました。 自分の経験理論とアメリカの理論、この2つをふまえた上での実践。 この過程の中で生まれたのが、ヴォイス フリーライティングなのです。 ○アメリカでも日本でも同様の理論と実践で効果をあげている。 ○私自身が身をもってその効果を体験している。 そして構想から提供できる形まで約8年の歳月をかけ、書くことだけでなく他の表現分野からもエッセンスを取り込み、偉人・パイオニアの生き方考え方からも多くを吸収してつくりあげたこの方法。そして何よりも私自身が生きるために必要とし、実際に役に立ってきたこの方法。だからこそ、あなたに自信をもってお伝えできるのです。 書く内容が、 次から次へとわいてくるメソッドを今、身につけてください。 そして、「自分が望むように生きる」第一歩を踏み出してください。
このように論文にとりいれるための実験においても、その効果は確かめられています。 そして、ここであげたような効果は、アメリカの研究論文の中でも述べられていることです。 収録内容 ■今あなたが書くことに全く自信がない状態でも、10日間で書くことに手ごたえを感じることができるライティングメニューとは? 以前の私がそうだったように、あなたも書くことに自信がないという悩みを抱えているかもしれません。しかし、きちんとしたメニューを使ってトレーニングすれば、短期間で書くことへのイメージが変わります。自信がないどころか、書くことが楽しいものへと変わります。これを習得すれば「自信がないから書かない」という言い訳は絶対にできなくなり、書かないことのほうが難しい状態になります。 ■あなたは、新しい変化を恐れているかもしれません。だからこそ、書くことで思考・行動に変化を与えることのスタートを切る前に、知っておかないとまずい考え方とは? 迷いの中にいる人にとってその不安を増大させるものが、変化への恐れです。失敗して、挑戦する気持ちがなくなってしまったらどうしよう?新しいことで、とんちかんな行動をとってしまい下手でバカにされないだろうか?これまでの自分の良い面まで失ってしまうのではないか?そういった挑戦への不安を消滅させる、考え方を教えます。これを知ることで気持ちの準備ができ、新しい世界にすすんでいくこと、変化の手ごたえが楽しくなるでしょう。 ■あなたがもし、文章が下手なことで悩んでいても、必ず解決に向かってしまう、これまでの苦い経験を自信に変える方法とは? 文章を教師に評価され、「なぜ」「どこが」という理由もなしに厳しく「これではだめだ、書き直しだ!」とつき返されることを繰り返した結果、書くことに自信を失い、嫌悪感まで抱くようになった私が、今では書くことを使いこなし仕事をしているその、改善法を伝授します。この方法を使えば、文章が下手だから、書きたくない・表現したくないということはまずなくなり、 自信がつき、書くこと表現することへの楽しみが倍増し、自分の内面に気づいたり、読んでくれた相手の反応を楽しんだりと、日常生活における言葉の世界が激変することでしょう。 ■これを知らないと確実に「書くことと友達になれない」というほど重要なのに、教えることが大変だからという理由で誰も教えようとしなかった、99%の「書けない人」が陥っている、ある致命的な罠とは? これを知らないから書けないんだと断言できるほど重要な、これまで教える側の都合でごまかされてきたこと、それによって書き手を縛り付けてきた罠を完全回避していただきます。「型」や「漢字」や「言葉の使いかた」よりも深いところにある、書けない一つの原因とは?これを知れば、たった一つのことの習得で、書くことへの見方が180度変わるでしょう。 ■「何を書いたらいいかわからないんだよ!」という愚痴を吐けなくなる、内容を発見・発展させていくためのプロセスとは? 書けばやりたいことがみつかるというけれど、書くことがない・書いた内容に実感がともなわないという悩みをあなたも抱いたことがあるかもしれません。しかし、このプロセスを使えば、書いた内容が少しずつレベルアップしていき、内容が明確になっていきます。これまで、書くことをすすめてきた人達が教えない書くことのもつ難しさについても、正直に説明し誤解をとくことで、よりよいプロセスを経験してもらうことができます。 ■自分のやりたいことにきちんと取り組んでいる人が必ず持っている、自分の行動を突き動かし、毎日成長せざるをえないプランニングを、誰でも使いこなせるようにするための正統的な要素とは? プランニングの方法は車だと思えば良いでしょう。多くの人はプランニングの技術を知っています。つまり車は持っているのです。しかし、運転の仕方を知りません。だから車をのりこなして遠く(ゴール)にいくことができないのです。成功する人が身につけている、プランニングの技術を使いこなすために欠かせない要素をきちんとお伝えします。これは、秘儀でもなんでもありません。自動車教習所に通えば誰でも運転できるようになりますね。これと同じようにきちんとしたステップをふめば、プランニングの技術を使いこなす力はだれでもつくのです。これを知る事で、車だけもってエンジンをかけることも出来ていない人に大きな差をつけることができます。 ■書くべき内容が全くわかない状態でも、10分以内に書くべき内容の候補をいくつも導き出す、 当然でありながら、これまで重視されていなかった方法とは? 「何についてでも書ける」そう自信がもてる技術と考え方をあなたに身につけていただきます。「書くことに関して何の恐れも抱いていない自分」を想像できるでしょうか? ほとんどの人が勘違いしている、書くことへの取り組みとは?これを身につけてしまえば、添削されても、ミスが目に付くだけで自信は全くつかなかったという従来のような事はなくなり、「まず、〜をすればいい」と確信していただけるはずです。 ■あなたにも、自分が普通の人の仲間入りできないような気分になり、人といても強烈な孤独に襲われてばかりという時期があるかもしれません。そんな時、自分は何を考え、大事にしているのかを知り、「自分は〜と考えているから・・・の部分は人と同じでなくても良いんだと明確につかまえていくための考え方とは? うまく人とやっていけてはいるのだけど、心のどこかで、ままならなさや何か違うという感情から、孤独感を感じることはよくあることです。それは、自分のことをうまく説明・表現できないことからくる違和感です。より、正確に言うと自分のことを、自分で言葉にすることができないことからくる違和感です。相手にわかってもらえないからではなく、まだ自分で自分の核心が明確になっていないことからくる違和感なのです。自分の内面に言葉を与えていくことに自信がもてるようになります。 ■なんとなく生きているという漠然とした充実感のなさを消し去り、自分自身に自信をつけ、歩んでいくための力とは? 日々の生活に充実感の素を与え、さらに、やりたいことの発見プラス、プランニング。その上で自分の考えややりたいことをまわりの人にわかってもらうための表現力まで身につけば、自分に自信がつかないわけも、充実しないわけもありません。うまくいかなくなったとしても、修正すればいいのです。場合によってはいつでも1からスタートすればよいのです。それができるだけの自信と力の根本を書く力によって支えます。これほど強いものはありません。 以下のような変化が得られます。 ■やりたいことがわからず、充実感がないというもどかしさから開放される ここで紹介している技術は、その場しのぎの小手先のものではなく、本質の部分からあなたに力を与え自由に力強く生きる技術が身につく方法です。例えこの先、社会がどう変化しても大きな失敗をしても、自分を強烈な個にしていくことで、立ち上がれる力があなたのものになります。 ■従来、試される場であり、緊張する場であった「書かされること」が楽しみになる 生活の中で書かされる機会は多いですね。特に自分の考えを述べるという場合は、多くの人が苦痛や圧迫感を感じるものです。その中で、書くこと自体を楽しめる自分であるということは、とても嬉しいものです。周りの人が頭を抱えている中で、すらすら書き出し、「あっ、自分ってこんなこと考えているのか?」「なるほど、こんな考え方も面白いな!」という気づきがバンバンでてきて、書きながら充実感を覚えることが可能になります。 ■新しい感覚の中で作り手の視点を学び考え方や感じ方を成長させていくことができる 書くということは、立場的に作り手の側に身をおくことになります。読むということはそれだけでは受動的なものであり、お客さんです。しかし、書くことをきちんと学び、書く側の視点をもつことであなたは作り手の側に足を踏み入れたことになります。読み方さえも変わってくるということです。お客さんとしての読み方だけにとどまらず、作り手としての読み込みに変わります。すると驚くほど多くの材料が集まってくることになります。日々の生活は、作品に囲まれているからです。私たちは映画にマンガ・本・テレビ・新聞雑誌と言葉を用いて組み立てられているものと毎日触れています。それらすべてへの、見え方が変わってくるのです。作り手の意図が読み込めるように少しずつなってきますから、深まってきます。成長のチャンスになります。今までみえなかったこと、わからなかったこと、との距離が縮まっていくのです。 ■それまで認めにくいと思っていた個性に価値を見い出せる 個性というのは、人と違うということです。いくら自分で良いと思っていても、周りと話しがあわなかったり、あまりにも考えや感じ方がちがっていると、それを個性と思うのではなく、変だ・・・と思い込んでしまいます。知らず知らずのうちに、自分で芽をつんでしまっていた個性は誰にでもあるはずです。しかし、ご存知のとおり人と違うことは武器になります。きちんと磨けば武器になるのです。書く力をつけることで、周りにあわせるのではない自分の世界をみつめることができるようになります。 ■自分に自信が高まりどんどん挑戦できるようになる 書くことに「自信がない自分」を、「自信がある自分」に変えることで大きな自信をもつことができます。これまで、苦手だったことが得意になるわけだから当然です。しかも、言葉の面で力がつけば、日常生活での大きな力になります。これまで萎縮しがちだったことや異分野への挑戦もできるようになります。 ■書く力がつくと他の分野の能力も開花する 書き言葉はすべての言葉の基本です。スピーチの前にも台本やメモを書きますね。そのメモや台本が成長すれば話すことも、よりうまくいくはずです。つまり、書く力がつけば話す力も同時にUPします。言葉をつかいこなす能力自体が伸びるということです。これはアウトプットの能力ですから、読む努力をいくら重ねてもそれだけでは伸びません。そして、ご存知のように人は言葉で考え感じます。言葉が行動までもつくりあげるのです。その言葉の力を成長させることが、他の能力を広げないわけがありません。 効果には個人差があります。また、読むだけでメニューに取り組まない方は決して購入しないでください。 行動しない人・楽に力をつけることしか考えない人にはお金の無駄です。 ●価格について このテキストは通信講座を目的として作成したものがベースとなっています。書くことを学ぶのに通信講座は有効です。人は時間をかけなくては深い部分ではなかなか変わらないし、私と直接のやりとりを繰り返すことで得られるものは大きいと思うからです。 しかし、通信講座では行動に移すことができない人のことも私は考えました。 通信講座は「現在」、1年間 7万円(入会金込み)で用意しているからです。 変わりたい! 力をつけたい!と思っていても、この価格では1歩踏み出せない方も多いでしょう。また1年間も時間をかけることができない人も少なくありません。 そこで、私は短期間で基礎的な技法と考え方をマスターしてもらうテキストを作成することにしました。1万5000円で、自分のペースで学べる環境を手に入れてもらおうと考えたのです。 しかし、テキスト完成後、考え直しました。 これから書くことを学ぶ人が、新しい挑戦を始めるのならば、私も挑戦してみても良いのではないか。そう考えたのです。 価格を下げることで、第一歩を踏み出す人がふえるならば、 低価格が、もしもあなたの背中を押すものとなるのならば、 思い切って、本来の価格を大幅に切ってでも提供してもよいのではないか。 そう考えたのです。 よって、以下の価格にすることにしました。
この値段を高いと思うか、安いと思うかはあなた次第です。購入後、きちんと学んで身につけた人は間違いなくこれを安いと思うはずです。 これまで、あなたは塾や予備校に通った経験があると思います。 その月謝よりもだいぶ、安い値段でしょう。 アメリカの教育を変えたほどの方法・考え方です それを私が、実践を繰り返し、練りあげたものです。 書く力がある人とない人の差を確実にうめていく方法なのです。 その方法を、月謝よりもはるかに安い価格で手に入れることができるわけです。 約10年前の私なら、のどから手がでるほど欲しいものです。 書く力のもつ可能性を知る当時の私なら、高額のお金を支払ってでも、どうしても欲しいものなのです。なぜならば、書く力を身につける方法を見つけ、応用可能なもの深めるために私は10年近くかけてしまったからです。 今、あなたが購入すれば、私が試行錯誤した時間を買うことができるのです。 この値段で、それだけの歳月を一気に埋めることができるのですから、他の本や授業料と比べることなどできないほどの価値があると思います。 あとは、本当にやるかやらないかだけなのです。 身につけやすいようにシンプルな内容にまとめてあります。 だから、書く力のもつ可能性を知るあなたなら、「この値段、安い」と思えるところまで使いこなしていただけると思います。
最後に 書くことは、自分に力を与えます。 どんな場にいても、流されるのではなく、自ら動く。望むように動ける。 言い換えるならば、書くことは自由になるための武器だとも言えるのです。 自分が、自分であるための書く力です。 しかし、そのことはこれまでほとんど教えられてきませんでした。書くことと、「書かされること」が結びついてきたのが日本の教育です。書くべき題を渡されて、指定された原稿用紙の枚数を埋めていくことになります。うまくやらなければ、怒られたり、成績が下がったりします。あるいは、入試です。評価されるために書きます。考えたこともない題を渡され、合格点をとるために書きます。レポートも同様です。評価されるために書きます。うまくできなければ合格できなかったり、成績が下がったりします。一生懸命書いても、「ここが良くない」と直されて、自信を失ったりします。そのくせに、社会にでて使えるような論理力や表現力がつくわけではありません。 つまり、結果として、日本の教育では型にはめられることに、書くことが使われてきたと言えるのです。 しかし、書くことは楽しいことです。生きていくのに強く役立つものでもあります。苦手意識や抵抗感にとらわれ、書くことに距離を感じる人が多いことは残念なことです。 受講生の中で印象的な高校生の女の子がいました。書くことが苦手で嫌いな子でした。最初のクラスで、「何を書いてもいい」と私がいった時は同じ単語を、ひたすら書き続けるだけだったのです。 その子が、受講していく中で発した言葉が「でてきた! どんどん、書きたいことが!」でした。その後、書くことの楽しさを感じるようになっていきました。書くことへの抵抗が消え、そのかわりに生き生きした表情をみせるようになりました。 知らない間に自分を押し込めてしまっていた、型。評価。世間の目。 そこから逃れましょう。まず、発想から、頭の中から自由にしていってほしいのです。 私は、人々の書くイメージを変えていくという仕事を進めていきます。 書くことで、頭の中を、自由に。 書くことで、個人がより自由に力強く生きることができるようにする。 このことを通して、1ミリでも良いから、充実感と公平さにみちた社会へと歩みをすすめる。そのことのために、これから全力をつくしていきます。私に迷いはありません。 あなたは、迷っていますか? それならチャンスです。 あなたの心はすでに今、成長したいと動き始めているのです。 そんな心の動きを起こさない人よりもはるかに、大きな1歩を踏み出しているのです。 その今がチャンスです。きちんと、成長したい気持ちを受け止めて欲しいと思います。 そして、 より自由であなたらしく、そして力強く生きるための武器をぜひ、今、手に入れてください。
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